2024年5月31日 (金)

尾瀬ヶ原に行ってきました

528,29日は六日町で仕事でした。

5時に仕事が終わり、上越線 六日町530分発の水上行きに乗り、高崎行に乗り代えて沼田まで行く。沼田駅に着いたのが7時、ここからタクシーで宿泊先のルートイン沼田に行こうと思っていたが、駅前にはタクシーがいない。仕方がないのでホテルまで歩くことにした。リュックを背負って、仕事道具の重いカバンを引きずって、歩き出してから気がついたが、沼田は“真田天空の城”を看板にしている坂のある街、ズーと登り道が続く、神社の横の階段をハーハー言いながら歩くこと30分、やっとのことでホテルに着いた。

ホテルで仕事の荷物を宅急便で自宅に送って、ハイキングの服装の着替え、翌朝は午前7時のバスで鳩待ち峠まで行く予定だ。

翌朝は、タクシーに朝7時にホテルに迎えに来てもらおうと予約の電話をした。所が、どのタクシー会社もこの時刻は朝の点呼に時間で行けないとういう。またも、予定が狂った。

30日はホテルの朝食は朝630分から、翌朝は630分の朝食の行列に並んで朝食をかけ込んで、また、歩いて沼田駅前に行く、今回は下り坂で発車の10分前についた。

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バスの終点の戸倉のついたのが840分。マイカーで来るも多いが、マイカーはここまで、ここからシャトルバスに乗り代えて鳩待ち峠に向かう。シャトルバスと言っても、10人乗りのワゴン車です。

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鳩待ち峠に着いたのが930分、ここから尾瀬が原のビジターセンターまで歩いて下る。

東京の北区から来たという小学校4年生の団体にであう。

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途中の道です。あちこちからうぐいすのさえずりが聞こえてくる。

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ビジターセンターに着いたのが1035分でした。

 

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ビジターセンターです。

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トイレに行く 寄付ですが1回100円です。

 

ここから、牛首分岐まで行って昼食、周りを散策してまた、ビジターセンターまで帰ってくることにした。

 以下は、歩きながらとった写真です。写真は歩いた順番になっています。

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いよいよ尾瀬沼にはいる。

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水芭蕉です。

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ミヤマキンバイかと思います。

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沼の傍を通ると ケロケロケロ カエルの鳴き声が聞こえる。

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風はさわやか気持ちがよい。向こうに燧ケ岳が見える。

 

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牛首分岐につきました。

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ここで昼食です。

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ヨッピ吊り橋の方に行ってみる。

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スミレの一種らしい。

 

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ビジターセンターへの戻り道、向こうに至仏山が見える。

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至仏山にはまだ雪が残っている。

 

ビジターセンターに帰ったので、13時。一休みして、鳩待ち峠に向かう。今度は登り道で標準時間は80分と書いてある。

高齢なので2時間くらいかかるかも知れないと心配していたが、ゆっくり11歩休まずに歩いたら70分で着いた。

まだ、大丈夫だ! 気分もすっきりした。

健康に感謝です。

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2024年1月19日 (金)

伊豆大島の旅

1月13日は、東京でウエールズ通信制大学院の新春OB交流会に参加した。一緒に勉強したのは、もう25年前のことでありお互いにシニア・グランドジェネレーションになっている。殆どの方は、まだ現役で頑張っておられ、元気をもらいました。
翌日は伊豆大島へ一人旅。久しぶりに温暖な気候と晴天の下、大島の自然を満喫しました。
 
14日は、朝7時半に浜松町のホテル三交インを出て竹芝桟橋に向かう。竹芝から東海汽船の大島行きジェット船にのる。日曜日なのに船の中は空いている。この季節に大島に行く人は少ないのかも知れない。

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大島までの船旅約2時間、岡田港に11時40分に到着した。駅前で大島バスの2日間切符を買って、そのまま三原山行きのバスに乗った。三原山行きバスには観光案内にアナウンスがついている。大島は約4万年前の火山に爆発によってできた。火山の噴火によって噴出された溶岩が堆積し大島が生まれた。三原山は度々噴出している。「三原」という名の由来は、出産のように絶えず岩や土石流を噴出するということからきている。最近では1950年から51年にかけて噴火したとのことです。

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バス終点の三原山山頂口についたのが1130分。ここは標高556m、ここから三原山山頂758mまで歩いて登る。天気は良く大きな木がないので視界が広く歩いていても気持ちがよい。道の途中に噴火した時に隠れる鉄筋コンクリート製の退避豪は何か所か設置されている。

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内輪山の三原神社のある地点まで登ると山の反対側に富士山がくっきりと見える。晴れているが遮るものがないので風が強い。キルティングコートの上に風よけのヤッケを着込んで歩く。

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三原神社に参拝した後、火口展望台まで登る。ここは標高705m、眼下に火口口が見える。地表から湯気が登っている。

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お鉢巡りコースを通って三原山山頂まで登る。バスの時間の関係でここから引き返して、三原山山頂口まで降りる。所用時間約2時間のトレッキングでした。 

 

ここからバスで元町港に出て、元町港から都立大島公園に向かう。元町港から大島公園行きのバスの乗客は私一人だけ、大島公園についたのは1420分である。大島公園には椿資料館、椿園、植物園、動物パークがあるが、出会ったのは管理する職員と観光客は3人だけ、広々とした公園を独り占めにしているような感じである。

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椿園に入ると、椿の園芸品種3200本、自生種のヤブツバキは5000本植えてある。1月~3月が見ごろとのことであるが、椿の花は桜のように目立たない、ひっそり咲いているという感じである。写真は園芸種の八重姫です。

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大島公園散策の後、元町港に帰ってホテル白岩で宿泊した。温泉に入って汗を流してから夕食である。ホテルの建物は洋風であるが、経営は家族で行っているようである。夕食には一般的な料理の他に串に刺した素材を1本ずつその場で揚げて食べる天ぷら、朝食では自家製の豆腐がでた。素朴な感じでおしかった。

 

15日は、ホテルを8時に出て、元町港から波浮行きのバスに乗る。昨日と違って、このバスには、背中にリュックを担いだ一人旅、あるいは2人づれの旅行客が10組ほど乗り込んできた。

途中、地層切断面の前を通るとき、バスが徐行して地層切断面を見せてくれる。地層切断面は、火山活動による火山灰やスコリアの堆積、地殻変動による断層の形成、地球の気候変動による堆積などによってできた。高さ約24メートル、長さ約630メートルにわたる大規模なもので、昭和28年の大島一周道路の建設工事中に偶然発見されたものです。

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波浮港見晴らし台で下車。ここから波浮港が一望できる。三原山とは、また違った美しさである。ここから歩いて、幕末時代の鉄砲場遺跡、龍王崎灯台を見て波浮港に入る。

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波浮港は、明治初期に遠洋漁業の中継港として生まれた町で、町にはその頃の趣きのある通りや建物が多く残っている。この街並みの後に丘の上は登る階段が続き、丘の上には船主の豪邸が並んでいる。

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街並みから横丁に入ったところに、旧港屋旅館があり港屋旅館の中に「踊子の里資料館」がある。

港屋旅館には。与謝野鉄幹、林芙美子、川端康成など多くの文豪たちが訪れ、創作活動を行った。

資料館には、執筆風景や宴会の人形が飾られている。2階の宴会場では、ボタンを押すと笛や三味線の音が流れ、踊り子の人形が動き出すようになっている。

ここに来てみて、波浮の港は、美しい景観と静かさ、そして入り組んだ入江の海賊のねぐらのような場所にいる心の落着きが文豪たちに好かれたのではないかと感じました。

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波浮港を散策した後、11時30分発のバスで元町港へ向かう。途中で火山博物館前に下車、映像や火山シュミレータを見ようと思っていたが月曜日は休館でした。

仕方がないので元町港まで、ぶらぶら歩くことにした。大島は、どこへ行っても椿がある。街の街路樹も椿である。大島椿株式会社大島椿精油所の前を通った。この中で椿油を絞ってマルチオイルやヘヤケア製品を作っている所を見せてもらった。

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元町港の近くまで来ると浜辺へ出る道がある。弘法浜で町民の憩いの場になっている。写真で浜辺の向こうに山のように見えるのは、利島と新島です。

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弘法浜のあとは、元町港のレストランでコーヒータイム。岡田港からジェット船で浜松町の三交インホテルに帰った。大島旅行の服装一式は宅急便で自宅に送る。

 

翌日はスーツに着かえてISO認証機関の新春セミナーに参加してから、16日晩に帰宅した。

充実した4日間を過ごすことができました。感謝!

 

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2019年9月 8日 (日)

北海道の旅 その1 札幌

9月7日(土)
 20年程前、英国ウェールズ大学通信制大学院日本校の環境学部で学んでいた。殆どの学生は私と同年代の社会人でした。
その時のスクーリングの先生を中心に有志でOB会が結成され年2回程度勉強会と懇親会を続けている。但し、私の出席率は50%程度です。
今回は、OB会会長のKさんの生まれ故郷の北海道宗谷地方利尻島を旅することになった。

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北海道の旅 その2 利尻島

 9月8日(日)
千歳空港12時55分発の飛行機で利尻島に向かう。利尻島までの所要時間が50分である。
利尻島は稚内より東に50㎞、北にはロシアサハリンまで100㎞にある。
日本最北の国立公園「利尻礼文サロベツ国立公園」の中にあり海・山・花・湿地など美しい自然が見どころ。

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空港に着くとホテルと観光タクシーの関係者が出迎えに来てくれた。
島を一周すると60㎞でサイクリングの方がよかったかも知れないが、今回は団体行動なので、ホテルの車に荷物を預け、我々一行は8人乗りのジャンボタクシーで、9月8日午後と9月9日午前中に渡って利尻島を案内してもらった。

 

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2019年8月 3日 (土)

大分県の旅 その3 玖珠の里山・湯布院

朝の散歩で里山の風景を存分に楽しんだ。ここは標高が600mほどあり冬は雪が降るという。だから旨い酒もある。

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農道を登っていくと、どこまでもこんな景色が続き道も色々あるようだ。どうなっているのだろう。

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下の道に降りて、路に立っていた案内板を見るとこの地は平家山野倉の郷と言って、多くの平家の落人の遺跡がある。

その関係で入り組んだ段々畑が続くのだろう。納得!

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2019年8月 2日 (金)

大分県の旅 その2 阿蘇くじゅう・豊後竹田

朝食の後、Hさんの車で九重町の九重夢吊り橋に向かう。
「九重“夢”大吊橋」は、長さ390m、高さ173m、歩道専用として『日本一の高さ』を誇る吊橋です。
2006年に観光用として作られた。
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2019年8月 1日 (木)

大分県の旅 その1 耶馬渓・玖珠

88回ピースボートで同室だった人達と4人会を作り、観光を兼ねて毎年それぞれの参加者の地元で懇親会を行っている。今回は4回目で場所は大分県です。
前日までは仕事で能登に行っていたが、前の晩に帰り大慌てで荷造りして出発した。

小松発9時の直通便で福岡空港へ、福岡空港から湯布院行きの高速バスで玖珠インターにつくと、12時30分、Tさん一行が自家用車で迎えに来てれた。
Tさんは東京在住ですが玖珠町にはよく来ている。今回の案内者はTさんの知り合いで地元の名士・元玖珠警察署長のHさんです。

玖珠インターより北に約30分、耶馬渓に向かう。
耶馬渓は、火山活動による熔岩、凝灰岩や凝灰角礫岩が、雨による浸食やや風食作用によってできた絶景で、中国桂林の山水画に出てくるような風景です。「耶馬渓」には、本耶馬渓・裏耶馬渓・深耶馬渓・奥耶馬渓がある。

深耶馬渓の一目八景耶馬渓天王台からみた風景です。

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2019年5月27日 (月)

大連アカシアウォーキング その5

旅順観光

5月26日
この日は、オプショナルツアーで、参加者の中の希望者が6人程度のグループに分かれ9人乗りワンボックスカーで旅順に出かけた。
大連から旅順までは約1時間。

大連市内。大連市の人口は、現在690万人になったそうだ。
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最初に行ったのは、東鶏冠山
ここは日ロ戦争当時ロシアの司令部がおかれた要塞である。
日曜日とあって、中国の観光客も多い。
質問すると
中国では愛国教育が行われ、教科書に、中国の資源を略奪するため、ここでロシアと日本が戦った、ということが載っているとのことでした。
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山の頂上付近にはアリの巣のように地下豪が掘られて石やコンクリートで固められている、
この要塞をつくるのに、中国の農民が雇われ、出来上がった時には機密保持のため全員殺されたとのことである。
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203高地
日本軍は、旅順港に停泊中のバルチック艦隊を撃沈させたいが、海からは入れないので、山から砲撃するため203高地を攻めた。
203高地というのは標高が203mあるということからきている。
守る側のロシアは頂上から下に向けて大砲と機関銃で攻撃する。
日本軍は、上に向かって砲撃し突撃する戦法を繰り返す。
占領するまでに、1万人の兵隊が死んだ。
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203高地の頂上かからは、旅順湾が一望できるのだが、残念ながら今日は曇っていてよく見えない。
203高地から旅順港までの距離は7km、日本軍の280m榴弾砲の飛距離は7.8m、ここから2254発の砲弾を無差別に打ち込み、ロシアの艦隊を全滅させた。
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水師営
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日本の乃木大将とロシアのステッセル中将との間で停戦条約が「結ばれたところである。
日本軍の野戦病院の手術台の上のカバーをかけて会談した、その場所が、そのまま残っている。

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しかし、この場所は115年経過し、修復に金がかかること。日本にとって重要かも知れないが、中国に取っては余り意味のない遺跡であるので、取り壊されり予定とのことである。

水師営の後は、旅順港や日本人街を見て回った。
旅順港は今でも軍港であるので、写真は撮らなかった。
写真は関東軍の建屋の後です。
関東軍は、元は中華民国からの租借地であった関東州(遼東半島先端)の守備、および南満州鉄道附属地警備を目的とした守備隊であった。
所が、満州鉄道は、鉄道だけでなく、炭鉱開発や路線開発も行っていた関係もあってか関東軍も、色々かってなことをやりだした。
満州事変後は満州国の首都である新京(現在の長春市)に移転した。
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第二次世界大戦前の関東軍の暴挙について、なぜそんなことをしたのか疑問を持っていたが、ここにきて成程そういう事も関連していたのかと、納得した。

 

 

 

 

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2019年5月25日 (土)

大連アカシアウォーキング その4

交流会・晩餐会

ゴールの後、近くの大連市の施設へ移動し、交流会が行われた。
交流会と言っても、大連市と日本のお偉いさんの挨拶と観光紹介が長々と続く。
テ―ブルに食べ物や飲み物はあるが、我々はウォーキング後の立席なので、これは少しどうかと思った。
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挨拶の後、やっとアトラクションが始まる。
猫族の踊りです。
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日本からは、コーラスがあり、その後 中国の書家による実演はあった。
書いた字は「一衣帯水」
日本と中国の間は、一筋の細い川ほどの狭い隔たりがあるだけで、きわめて近接している
とういう意味らしい。
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交流会の後、ホテルに帰ってドレスコード。
18時から日中友好晩餐会に出席する。
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これも、中国の要人と日本の議員や知事、経済界の代表の挨拶が30分も続く。
そのあとに乾杯をして食事が運ばれる。
料理はおいしかったが、アトラクションは何もないのには拍子抜けした。
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大連アカシアウォーキング その3

ふれあいウォーキング

開会式の後、20人位のグループに分かれ、グループごとに地元のシニア参加者2~3名と。通訳を兼ねて大連外国語大学日本語学科の学生2~3名が通訳とし付き、一緒に歩くという段取りが組んである。
実際には、通訳を入れて話しながら歩くということは難しい。適語学生と話をしながら歩くことになる。

開会式です。
周りのアカシアが大変きれいです。
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コースは、右下に海を見ながら8.5㎞歩く。
最初の登り口です、
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中間地点手前で、大連テレビの取材を受けた。
何で我々2人が選ばれたのか分からないが、日本から来たシノアはウォーキングを楽しんでいることを紹介したかったのかも知れない、
質問は
・何回目の参加ですか
・この大会に来た理由を聞かせてください
・何歳ですか
・その年で、元気に歩いていますが、体を鍛えるために日頃何をしていますか
・大連アカシアウォーキングの印象はどうですか
・大連では、他にどこに行きたいですか
・この大会で、何か改善したい提案はありませんか
といった内容です。
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最後に風景を見て楽しんでいる様子をしてほしい、注文を受けた。
写真は、その時の風景と、風景を背景に同行者と大連の学生をとった写真です。
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その後もよい景色を見ながら歩く道が続く
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沢山の魚のモニュメントが並ぶお化け坂を過ぎるとゴールです。
このコースは、距離はたいしたことないが、アップ・ダウンが多い。
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