ベトナムの旅 その4 民族・歴史を訪ねて
ホーチミン廟の国旗掲揚式
式典は6時15分頃から始まり、衛兵部隊が整列。
続いて国旗を持った兵士が国家に合わせて場内を行進し、掲揚台に並ぶ。ギリシャで見た国旗掲揚式と同じ独特の歩き方だった。
国旗掲揚と同時に進軍歌が演奏され、厳粛な雰囲気に身が引き締まる思いがした。
国旗掲揚式の後、帰り道添いにある南国の果物をのぞき見しながらホテルに帰り、朝食をとってから、また出かけた。
国立歴史博物館
古代から現代までの遺品を展示。ベトナム人の顔立ちは日本人に近く、少し目と鼻の間隔が狭いように感じた。
紀元前2世紀頃、中国揚子江付近に住んでいた百越の民が漢に追われベトナムへ移住し「ベト人」となった。ベトナムの語源は「ベト人が住む南の地」。一部は日本にも渡り、越前・越中・越後に住み着いたとされる。下の私のブログにも記録がある。
この展示の他にも戦争の様子を描いた展示が幾つかある。ベトナムは常に外敵と戦争を繰り返してきた国だと感じた。
国立歴史博物館の後は、近くの「ホアロー収容所」を見学した。
日本語イヤホンガイドを借りて見学。フランス植民地時代の政治犯収容所で、革命家たちが過酷な仕打ちを受けながら独立を勝ち取った歴史が展示されている。
ベトナムは10世紀までシャムや中国の支配、11世紀からは儒教を中心とした王朝支配、20世紀にはフランス植民地支配と搾取が続いた。ホー・チ・ミンは「独立と自由ほど尊いものはない」という理念を国民に浸透させ、アメリカとの戦争にも勝利した。国旗掲揚式や収容所展示は、愛国心を維持するための国民向けの象徴的な場だと感じた。
歩行者天国と再会
休日のためホアンキエム湖周辺は歩行者天国。日本の自動車普及前の風景を思わせる。ここでハロン湾クルーズで出会った青年と偶然再会し、夕食を共にした後、ロンビエン橋まで散策して別れた。
ロンビエン橋
ホン川に架かる全長1.7kmの鉄道橋。1902年にフランスが建設し、戦争で何度も爆撃を受けながら修復され続けた。現在も「歴史と愛国心の象徴」として市民に親しまれている。
感 想
ベトナムは温暖で、がつがつしなくても生活できる国。中国や韓国のような競争社会ではなく、私の子ども時代のようなゆったりした生活が残っている。戦争の影響で社会インフラ整備は遅れているが、今後発展していくだろう。
ハノイ市内は観光・サービス業・工業団地が中心に発展し、周辺地域は農業や農村観光が主軸。発展が進むにつれコミュニティが薄れ競争社会になるのかもしれないが、それが本当に幸せかどうかは考えさせられる。
Tさん、案内ありがとうございました。
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