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2019年9月 8日 (日)

北海道の旅 その2 利尻島

 9月8日(日)
千歳空港12時55分発の飛行機で利尻島に向かう。利尻島までの所要時間が50分である。
利尻島は稚内より東に50㎞、北にはロシアサハリンまで100㎞にある。
日本最北の国立公園「利尻礼文サロベツ国立公園」の中にあり海・山・花・湿地など美しい自然が見どころ。

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空港に着くとホテルと観光タクシーの関係者が出迎えに来てくれた。
島を一周すると60㎞でサイクリングの方がよかったかも知れないが、今回は団体行動なので、ホテルの車に荷物を預け、我々一行は8人乗りのジャンボタクシーで、9月8日午後と9月9日午前中に渡って利尻島を案内してもらった。

 

沓形岬公園
後ろに見あるのは、標高1721m 利尻富士とも呼ばれる利尻山ですが、あいにく台風15号の影響で山頂は見えない。写真中央に小さく見えるビルは宿泊したホテル利尻です。

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沓形御崎の北方の眺め、向こう見える島影は礼文島です。
礼文島までの距離は12㎞ですが、船便は日に数便しかなく、島の人には近くて遠い場所とのことでした。
利尻町出身の作詞家・時雨音羽の詩碑が建っている。
時雨音羽はフランク永井が歌った「君恋し」の作詞家ですが、大正14年には
「どんとどんとどんと波乗り越えて、・・・」の「出船の港」も作詞している。
詩碑には、その歌の歌詞が刻まれている。
この岬から眺める「二挺櫓」「三挺櫓」「四挺櫓」「八挺櫓」の船の姿。
当時、この岬から鯨やニシンの漁のため、沢山の船が出て行ったのだろう。

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島の花は6,7月が最盛期であるが、海岸線近くの浜辺には、まだ幾つかの花が咲いている。
クロユリは私の故郷、石川県の花で白山に群生している。群生しているのは白山だけかと思っていたら利尻島でも群生しているとのこと。近くのみやげもの店では1ポット600円で、クロユリの苗木を売っていた。

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一番多いのは、ハマナスである。Kさんの話では、ハマナスの実は集めてジャムにして食べられているという。

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近くにある「沓形港フェリーターミナル」。
どんなクルーズが来ているのか尋ねると「にっぽん丸」とのこと。そいえば、私の友人で、にっぽん丸クルーズで利尻島に行ったことがあるという人がいた。

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利尻町立博物館
休館日であったが、学芸員の方が、我々一行のために開けて案内してくれた。
利尻島は今から20万年から1万年前にかけて噴火の火口口を変えながら溶岩流を噴出させながら形成されてきた。しかし、その時は氷河時代であり、利尻島は大陸とつながっており、大陸から植物が移ってきた。1万年前に氷河時代が終わり島となって隔離されたため、いろんな種類の植物や動物が沢山いるとのことであった。
島の人は1万年位前、ホーツクから渡ってきたアイヌ人である。島には縄文時代の土器尾が出土している。しかし、明治初期の島のアイヌ人の人口80人くらいで、現在住んでいる人は殆ど和人である。

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明治から昭和にかけてこの島にニシンを追い求めて多くの人が渡ってきた。
ガイドさんが「うちの親父もヤン衆かもめ」でこの島に来たんだと言っていた。
ヤン衆とは、「ヤン」の語は、アイヌ語で北海道島を意味する。
そういえば「ソーラン節」は、ヤン衆の作業歌だったことに気が付いた。
写真は、船での作業の様子の模型です。

利尻島で最後に残ったニシン船の実物です。
ニシンは昭和30年に激減し、いなくなった。ニシン業が盛んな時。島の人口は2万人位いたが、現在は6000人です。
しかし、養殖でニシンの稚魚を育て放流を続けてきた結果、現在少しずつ返ってきているとのことでした。

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仙法寺御崎公園
利尻島最南端にある。

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利尻山が噴火した際、海に流れ込んでできた奇岩・奇石が数多くある。

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海辺に歩いて行くと、アザラシを飼っている海水を引いた天然のプールのような場所がありアザラシをかっている。Img_7923

 

オタトマリ沼
利尻島の最後の噴火の火口が湖になっている。
「オタトマリ」とは、アイヌ語で「砂のある入江」という意味。
近くに利尻島で最大の湿原、沼浦湿原がある。
2018年8月に、現上皇陛下・上皇号陛下が、天皇の最後の旅行先として、ここをご訪問されている。

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利尻山がみえると絶景なのだが、あいにく雲でみえない。

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利尻町役場を訪問
Kさんのお父さんが、利尻中学校の二代目校長先生をしており、地元の名士でもあった。
Kさんは利尻島を出て事業に成功したこともあり、9月9日朝、利尻町役場を訪問し、保野町長・佐々木副町長を訪問した。
我々一行も同行し、保野町長より島の課題や取組みのお話をお聞きした。
利尻町の産業は、以前は半農半漁であったが、現在は漁業と観光である。
利尻昆布が有名である。昆布巻きに使うのは1年物であるが、利尻昆布は2年である。
昆布は1年目に育って1度枯れ、2年目に根からもう一度育って大きくなったものを収穫する。だし昆布として味が良いということで人気がある。
私もお土産に買って帰ったが、女房は正月しか使わないということだったので、行きつけの居酒屋にお土産として、持っていったら大変に喜ばれた。料理の玄人には人気のあるものだったのだろう。

Ricirityu

 

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