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2016年8月 8日 (月)

中国(広島―山口)地方紀行

 6月30日(木)~7月3日(日)まで、昨年第88回ピースボートで108日間 同室で一緒に過ごした人の会(4人会)で広島~山口を旅行した。

 その後、忙しくて放置してあったが、インプットからアウトプットに変換すると、自分の頭が整理されなおされ記憶に残る。もう1ケ月前のことであるが思い出して紀行文にした。

6月30日(水)

 朝小松駅発5時50分のサンダーバードで広島に向かう。新幹線車内 京都で東京からと横浜から来た仲間と落ち合う。
半年ぶりの再会であるが、お互いに元気そうで何よりです。
今回の旅の幹事は山口市に住むKさん、どこへ回るかは事前に教えてくれない、ミステリーツアーです。
 この日は新幹線のトラブルが続発、名古屋で人身事故があって5分遅れ、相生を過ぎたところで線路内に鹿が入ったということで10分遅れ、岡山を過ぎると博多で停電があったという関係で列車停止。結局、広島についたのは2時間遅れの12時でした。

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 広島駅には、Kさんが首を長くして待っていてくれた。再会のハグ! すぐに、広島駅近くに止めてあった車に案内してくれた。待っていたのはBMW。さすが、すごいと思って聞いてみると、その前の車は光岡自動車の年代物のクラシック車だったとのこと。こんな趣味があったのかと改めて感服した。
 先ずは広島平和公園に向かう。昼食はその後にすることとした。
広島平和公園内を一回りして、5月27日にオバマ大統領が献花した原爆慰霊碑に向かった。
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 原爆慰霊碑で黙祷して、原爆資料館を見学した。原爆資料館は50年振りである。当時と比べると建物は随分と立派になっているが、原爆投下による悲惨な状況を記録した展示物は変わっていない。50年前に見た記憶がよみがえって来た。冷戦時代 米ソが核開発の競争をしていて核爆弾の保有がどんどん増える。頭のいい連中が、なんと愚かなことをやっているものだ。こんなことが永遠に続くのかと思っていたら、ゴルバショフの時代からだったと思うが核軍縮が始まった。
その時、なる程、やる気になれば出きるのだ、と妙な感銘を受けたことを覚えている。
 人間は学習する動物である。オバマ大統領が言っている“核のない時代”も、時期が来れば、何れはできるのではないかと思う。
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 平和公園のあと昼食、宮島へ。フェーリーで厳島神社に向かう。
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 厳島神社は、平清盛が造営した神社で世界遺産に登録されている。
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 厳島神社の見どころは、何といっても日本式建築の美しさである。大鳥居、本殿、回廊、反橋、能舞台、天神社とみてまわる。丁度、満潮の時間帯に当たり、神殿内に潮水はじわじわと上がってくるのが神秘的である。
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 案内してくれたKさんは、古文書研究会のメインバーで、地元の歴史に詳しい人です。毛利元就が、中国地方の大部分を支配下に治める起点となった“厳島の戦”を丁寧に解説しながら、厳島神社の裏手を案内してくれた。
“厳島の戦”とは、1555年10月に起きた、毛利軍4000と 陶 晴賢軍20000との戦いである。毛利軍はまともに戦っては勝ち目はない。元就は情報戦で敵を宮島に誘導する。その晩、暴風雨をついて厳島神社の裏手の小さな入江に上陸し、尾根を越えて、翌朝、陶軍を奇襲し、陶軍を大混乱に陥れ敗走させた、とのこと。
 この話は、うろ覚えではあるが聞いたような気がする。しかし、その場に来て話を聞くと身近に感じてくる。
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 広島への到着時間が2時間遅れた関係で、その日は弥山(みせん)登頂は中止。山口まで行って、コンフォートホテル新山口で宿泊した。
食事は、Kさんの行きつけの料亭です。おいしかった。
ありがとうございました。
 

7月1日(土)

 朝食のあと、近くのKさん宅を訪問した。家に入ると仏壇に亡くなった奥さんの写真が飾ってあり、線香が供えてある。Kさんの奥さんへの思いが伝わってきた。
きれいに手入れされた庭園を見ながら、Kさんの友達が送ってくれたというピースボートの振り返りビデオを見る。

 10時頃、Kさん宅を出て、秋芳洞に向かう。秋芳洞は日本一のカルスト大地である秋吉台の地下にある鍾乳洞である。
 秋芳洞につくと、下から洞窟内に入る。
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 秋芳洞の奥まで行くと、大きな石灰岩の柱「黄金柱」につく。すぐ近くのエレベータで秋吉台にのぼる。
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 秋吉台は約16kmの広がりを持っている「カルスト台地」。約3億5千年前は海底にあり多数のサンゴ礁があった。約2億3千年前に押し上げられて、現在のカルスト台地が形成されたとのことです。
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 平な平地のように見えるが秋芳洞に通ずる無数の穴がある。Kさんが「第二次大戦中、陸軍がここで訓練していたら、兵隊がいなくなった。調べると下の穴に落ち死んでいた」という話を親父から聞いたとのこと。
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 秋吉台の後、萩往還を通って萩に向かう。萩往還は、江戸時代に整備された街道の一つで、長州の城下町である萩と周防国三田尻(現在の防府市)とを直線に結ぶ全長約53kmの街道です。
 萩城は、江戸時代は、長州藩の藩主がいたところ。明治維新では、吉田松陰をはじめ、高杉晋作、久坂玄瑞、井上馨、伊藤博文、木戸孝允、品川弥二郎、山県有朋などの多くの志士を輩出した。

大照院
 毛利藩の菩提寺、この寺の境内には、毛利家の2代から12代までの偶数の藩主と夫人の墓所がある。
藩主と夫人というところが、毛利家の進歩的なところ。
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 家臣の石灯篭が、中国の兵馬俑のように並んでいる。Kさんの話では、「兵馬俑と同じで、藩主が死んだときは殉死してはならない、その代わりに家臣の身代わりに石灯篭を建てる。命を大切にて後代を盛り立ててほしい」という話が伝わっているとのこと。
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 その後は、萩城跡、武家屋敷、漁港などを見て回る。萩の町はきれいである。ごみ一つ落ちていない、住民のモラルの高さがうかがえる。しかし、人通りが少ない。やはり、交通の便が悪いからだろうか。
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 その日は、萩一番のホテル“萩本陣”に泊まった。
食事はバイキング形式の萩料理でしたが、温泉は源泉で風情がある露天風呂は良かった。
食事の後は、ラウンジでカラオケを楽しんだ。

 
7月2日(土)

 松下村塾から松陰神社を見て回る。
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その後、吉田松陰の生誕地を訪れる。
 吉田松陰の生誕地は直ぐ近くの山手の小高い丘の上にある。
吉田松陰は日本の将来に対して強い危機感をもって行動したが、私は、あの時代、松陰の危機感はどこから生まれてきたのか不思議に思っていた。
 ここにきて、その成り行きが分かったような気分になった、
丘の上の松陰の家の前からは、大きく開けた日本海が広がっている。左手には萩城の天守閣跡が見える。毛利藩では海外との取引があり色んな海外の情報が入ってくる。この景色を眺めながら、松陰は日本を取り巻く状況を読み取ったのではないだろうか。なお、萩城は。明治7年廃城令により破却され、現在は城跡しか見えない。

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 吉田松陰、高杉晋作の墓所から東光寺を回る。
東光寺には、毛利藩の奇数の3代から11代までの藩主と夫人の墓所がある。東光寺は全国屈指の黄檗宗(禅宗の一派)の寺院で、総門、三門、鐘楼、大雄宝殿は何れも国の重要文化財である。東光寺で雨が降ってきた。かなり強い雨だ。
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 午後になると、雨も小降りになった。萩から山口に帰る、
最初に行ったのは瑠璃光寺である、ここは五重の塔が有名です。大内氏の前期、1422年に建立された、
Kさんは、ここの五重の塔が一番美しいと自慢していた。境内には若山牧水の五重の塔をたたえる歌碑が立っている。
「初夏の山の中なるふる寺の古塔のもとに立てる旅人」
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 この塔ではライトアップしているとのことだったので、夕食後に再度訪れて夜の写真を撮りました。
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そのあとは、第13代毛利藩墓所(第13代から、毛利藩の藩主は萩から山口に移った)、ッ雪舟庭、菜香亭、山口ザビエル記念聖堂などを見て回った。

  山口ザビエル記念聖堂
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 山口では、地元の市民ボランティアがいて、無料で熱心に市内の観光施設を案内してくれる。よく勉強していて、山口を知ってもらおうという熱意が伝わってきました。
ありがとうございました。

 その晩は、湯田温泉翠山荘に泊まった。
夕食の後、Kさんが近くのしゃれたワインハウスに案内してくれた。半年前の船の続きで会話が盛り上がった。
翌日、新山口駅で解散。 10時30分発の新幹線で帰りました。

 楽しい3泊4日の旅を過ごすことができた。Kさん、色々とお世話や配慮をいただきありがとうございました。

来年は、東京・神奈川での開催です。
再来年は、石川県での開催、私が幹事になります。

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コメント

お久しぶりです。
いつも首を長くして、更新を待っていました。

遅発性内リンパ水腫(めまい)は、どうでしょうか?

イソバイトの服用をはじめたようなコメントがありましたが、大丈夫でしょうか?

私も同じ病の身として、とても心配です。

つよし 

投稿: つよし | 2016年8月 8日 (月) 20時14分

つよし さん
コメントありがとうございます。めまいの方は起きていません。
但し、無理をすると再発するので、よく睡眠をとることと、朝晩 イソバイト・グランダキシン・ツムラ39番を飲み続けています。これは、一生続くと思います。

投稿: がまがえる | 2016年8月 8日 (月) 22時58分

がまがえるさん

私も同じ遅発性内リンパ水腫(治療中)なので、病気もこともいろいろとコメントください。

投稿: つよし | 2016年8月 9日 (火) 20時10分

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