関ヶ原-木之崎、浅井三姉妹街道ウォーク
家を朝5時に出発、7時半に関ヶ原町の和ざみの広場に着く。事前登録制で、参加者全員にあいうえお順位ゼッケンが渡される。当日の参加者は約100人でした。
午前8時、浅井家の武将達と三姉妹のゆるキャラに見送られて和ざみの広場を出発する。
関ヶ原の町中を通り抜け、ゆるやかな坂を登って中山道に入る。ここは昔であれば近江と美濃の国の国境です。
最初は、先頭集団について行ったつもりであったが、段々と差が開き、ここまで来ると中程より後ろになってしまった
実宰院に着く。
この寺は、天正元年(1573年)小谷城が落城する時に、城主浅井長政はお市の方と三姉妹を野良姿に変装させ、この寺に逃れさせた。
その後、お市の方は清洲城に連れ戻された。
信長の残党がりが、この寺に来た時に、寺の見久尼の機転により三姉妹を隠してしまい、三姉妹は生き延びることができた。その後、お市の方は柴田勝家と再婚したが、秀吉との戦に敗れ、お市の方も一緒に死んでしまった。
見久尼はみなしごとなった三姉妹を、この寺に引き取り立派に育て上げたとのことである。
大河ドラマを見ていると、茶々というのはわがまま娘のように描かれているが、本当は相当に苦労したのかも知れませんね。
写真中央に見える山の頂に小谷城があった。
写真手前の山の麓に「戦国ステーション」という資料館がある。
「戦国ステーション」についたときに、丁度大粒の雨が降ってきた。濡れて大変なので雨具を着直して素通りしてしまった。
ゴール4km手前、雨森のチェックポイントです。
バナナ、みかん、チョコレート、スープなどが用意され、参加者は好きなものを選んで食べることができる。
チェックポイント毎に食べていると、幾ら歩いてもダイエットにはならない。
ウォーキングの後、かえって太ってしまった。
ゴール200m手前に「黒田官兵衛大河ドラマ館」がある。無料入場券がついているので入って見学する。
何でこんな所に黒田官兵衛が出て来るかというと、黒田家の先祖は木之崎だった。木之崎市に黒田町という町があり、黒田家はここから播磨に出て行った。
16時40分、40kmゴール 木之本地蔵院に到着した。
昼休み・休憩時間を除くと、所要時間は8時間弱、5km1時間のペースでした。
自分としては、まあまあと思うのですが、昼食地点の弁当の残り数と、その後追いつきも追い越されたこともなかったことを考えると100人中80~90番のあたりだと思います。
春には余呉から長浜までの40kmコースを歩きペースは同じ位思います。その時は、後ろの来る人がかなりいたように思います。
このコースの参加者は、皆さん健脚ですね。
何はともあれ、完歩出来てよかった。
天気が余りよくなかったのが残念だけど、今回は美しい虹を何本も見ることが出来た。
同行してくれたMさん、ありがとう。
また、滋賀県の大会スタッフの皆さん、お世話にいただきありがとうございました。
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