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2004年7月25日 (日)

猫アレルギー顛末記 その2

 家に住んでいた3匹の猫のうち、2匹を娘に引き取ってもらい、残り1匹を2階に移住するという処置をとってから2週間経った。
咳やたんは少々でるが、発作は治まって、日常生活には差し支えない。たまに、夜になると小発作を起こすことがある。
 ところが、医者から、毎日測定しつけるようにといわれた気管支道の状態を示すピークフロー値が下がり続けている。測定開始した時点は420L/分位であったが、現在は320L/分くらいである。ちなみに私と同年代・同体格の健康な男性の標準値は540L/分である。
これは、現在、発作が起きづ日常生活に差し支えないのは、毎日服用するようになったステロイド剤の作用によるもので、気管支道の炎症の方は更に悪化していることを意味している。
 猫の習性として、縄張りを示すため、至るところに身体を擦り付けて自分の臭いを残していく。この家には、5年間3匹の猫が残したこれらの臭いや毛あかが充満していており、女房殿も、かなり家の掃除をし、気をつけてくれているようだが、そう間単に取り除けるものではない。また、家族が2階へ上がってさくら(猫)と接したときに衣服等につけてくる微粒子のようなものも防ぎようがない。1階にいても、空気清浄機がついていない部屋のに行くと、とたんに咳が出る。この程度では全く効き目がないということである。
そういえば、以前仕事で保育園にISOの構築支援に行っていたとき「アレルギーの子どもに対する除去食」に関する評価項目のところで、大豆・牛乳・卵などアトピー性の子どもに、先に牛製品や卵が入っていたお皿の後に、除去食を入れただけでも子どもは敏感に反応して発作を起こす」ということ言っていたのを思い出した。
アレルゲンにたいする抗体反応というのは、微量でも想像を絶する反応をするものなのだろう。
やはり、この家から微量のアレルゲンもなくして行くしか治る方法がないようだ。
しかし、さくら(猫)は既に家族に一員となっていて手放すことに相当に抵抗がある。また、身体の不自由な義母(84歳)が可愛がっていて手放すと、呆けが進むのではないかということも気がかりだ。
                      grandmather.jpg
恒久対策が見つかるまで、自分が転地をして療養するしかない。対策は、それから考えようと心に決め、女房殿と遠くにいる子どもたちにその旨伝えた。
家族の反応は、大パニック、「どうしてそんなことになるの!」「何かよい方法はないの」「お父さんのわがままでないの」というもの。 かといって、さくら(猫)をどうするかという案は出てこない。
 これまで、我家では、アレルギーの経験がなかったので、アレルゲンの抗体反応がどんなに激しいものかということが理解できないらしい。自分が狼少年のように見えたんだろう。
仕方がないので、次回29日に病院に行くときに女房殿に同行してもらい医者に直接話を聞いてもらうのが理解の早道と判断した。
女房殿にその旨、伝えたら娘と一緒に行くという。
我家では、アレルギーについての認識が殆どなく、ここ1ヶ月間、「何で解ってくれないんだろう」ということでいらいらし続けであった。
これで、やっと家族の認識が一致することになるだろうし、次の処置がとれるようになるだろうと期待している。

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