2016年8月19日 (金)

阿波踊り2016 徳島2泊3日の旅

 8月14日から16日まで、第88回ピースボートで知り合った50歳後半から70歳前半の10人の会「ぱちぱち会」の下船後第1回目の例会が徳島で有った。
ぱちぱち会のメンバーは、茨木、千葉、東京、神奈川、長野、富山、石川、徳島と全国に散らばっており、毎年1回持ち回りで集まることになっている。
今回の幹事は、徳島市のYさん夫妻です。

 8月14日朝8時にJR小松駅からサンダーバードで徳島に向かう。
大阪で降りて、駅前より高速バス徳島バスEddy号に乗り換え徳島駅に向かう。
大阪から神戸間はお盆の渋滞で30分遅れ、神戸を過ぎると車も少なくなりバスはスムースに走り続ける。
淡路島を抜けて大鳴門橋を渡る。この橋を渡るのは初めてです。
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 徳島駅から、 “かんぽの宿”の迎えのバスに乗る。“かんぽの宿”に着いたのは午後3時半であった。
“かんぽの宿”は、徳島市のシンボル的な存在である眉山山頂近くにあり、眼下には吉野川や徳島市の街並みが一望できる。

 この日は、温泉に入ってから18時より夕食、夕食は徳島の会席料理でした。
夕食は早めに切り上げ、阿波踊りの見物に出かける。
眉山山頂よりロープウエイにのり会場(阿波踊り演舞場)に行った。
写真の光って見える箇所が演舞場のある位置です。
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2016年8月 8日 (月)

中国(広島―山口)地方紀行

 6月30日(木)~7月3日(日)まで、昨年第88回ピースボートで108日間 同室で一緒に過ごした人の会(4人会)で広島~山口を旅行した。

 その後、忙しくて放置してあったが、インプットからアウトプットに変換すると、自分の頭が整理されなおされ記憶に残る。もう1ケ月前のことであるが思い出して紀行文にした。

6月30日(水)

 朝小松駅発5時50分のサンダーバードで広島に向かう。新幹線車内 京都で東京からと横浜から来た仲間と落ち合う。
半年ぶりの再会であるが、お互いに元気そうで何よりです。
今回の旅の幹事は山口市に住むKさん、どこへ回るかは事前に教えてくれない、ミステリーツアーです。
 この日は新幹線のトラブルが続発、名古屋で人身事故があって5分遅れ、相生を過ぎたところで線路内に鹿が入ったということで10分遅れ、岡山を過ぎると博多で停電があったという関係で列車停止。結局、広島についたのは2時間遅れの12時でした。

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2016年3月11日 (金)

スポーツダンスにハマる

 昨年8月~11月まで第88回ピースボート地球一周の旅に行った。その時、船の中でスポーツ・ダンスを習った。
種目は社交ダンス(ワルツ・タンゴ・ルンバ)、サルサダンス、ズンバなど、延べ200時間位は習ったと思う。受講料は無料(旅行代金に含まれていた)。
地元で週2回位、教室に通ったとすると1年分に相当する。

 船を降りる時、毎年熱海で懇親会兼ダンスパーティを行っているので参加するようにとの話しかけを受けた。しかし、船を降りてからダンスを続けないと上達もせず忘れてしまう。
そこで、地元のダンス教室に通うことにした。

 今年1月より、小松市の生涯学習施設である芦城センターで開催されている「ぬくもり大学の社交ダンス科目」に入学した。
受講料は月2,200円であるが、発表会や懇親会を含めると月3,500円程度になると思います。
練習日は火曜日、木曜日の午後2時間、通常はベテランの人がルーティーンを教えてくれるが、その内1時間は関ダンススクールの関夫妻から指導を受ける。

 軽い気持ちで入ったが、入って見てびっくりした。
現在の会員は18名であるが、いつも来る人は、その6割位。 皆さん熱心で上手なのです。ダンスに命をかけているという感じが伝わって来る。
それもその筈、長い人でダンス歴が30年位、平均すると10年位のダンス歴があるようです。
 
 ぬくもり大学でやっている種目は、ワルツ、タンゴ、ルンバの3種目です。ピースボートで習ったとは言うものの私はズブの素人であったことを痛感した。
「姿勢が悪い」「足の運びの基本ができていない」「各ステップの回転の角度が足りない」など、さんざん指摘を受けた。
ぬくもり大学では、ワルツ、タンゴとも広いフロアを4周するステップのルーティーンが定められている。これが全く分からない、と言うよりは、沢山あって覚えきれない。2ケ月経った現在、どうにか1周目を時々間違いながら覚えたという段階です。

 でも、皆さん、大変熱心に教えてくれるので、その期待にも応えねばならない。諦める訳にはいかない。
下の写真は、講座の始め、関先生を囲んで、全員で4周するステップのルーティーンをやっている所。その下の写真は、ペアを組んで練習をしている様子です。

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2016年2月29日 (月)

スライドショーのアップロード

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 1月24日(日)小松ウォーキング協会総会の議事の休憩時間に2015年ウォーキング例会様子のスライドショーを放映しました。その後、facebookにスライドショーをアップロードしようとしたのですがうまく行かない。
 パワーポイント2010以降のバージョン場合、動画変換機能が付いているのだが、私のパワーポイントは2007と古いので、それもダメ。動画フリーソフトを使って見ましたが、それもダメ、放置していました。
 
 今日、何かの拍子にPDF変換して、別の場所にアップロードすれば良いのだ、ということに気づきやって見ました。
 なお、写真の前半は私が撮ったもの、後半 私はピースボートボトで不在であったため、現二川会長が撮ったものです。全部で228枚あり少し重いかもしれません。

⇒ KWA2015年度例会スライドショー

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2016年2月28日 (日)

もうすぐ春ですね!

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今日は寒気の谷間で久しぶりの良い天気でした。カメラを持って木場潟をウォーキング、一周してきました。昨夜来の雨で湿度が高く薄い雲がかかった状態で白山は見えません。少し、期待はずれでした。
 
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日曜日とあって、ウォーキングやジョキングしている人が多い。お揃いの赤のランニング姿の人が10数人、わざわざ金沢から走りに来ていた。
 
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2~3日前の新聞で、河北潟からシベリヤへ帰る雁の群れの写真がでていた。木場潟ではまだ帰っていないようだ。1,000羽以上いる。
 
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しかし、まもなく帰るのだろう。飛行演習の最中です。
 
午後からも天気が良かったので、昼食の後、憩いの森に寄ってみた。

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2016年1月 1日 (金)

初詣ウォーク「4社巡り」に行ってきました

明けましておめでとうございます。

今日は天気もよく、毎年恒例の小松ウォーキング協会の初詣ウォーク「小松市内4社巡り12km」に行ってきました。

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今日の安宅海岸の様子です。

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朝10時、小松駅前出発。1社目 兎橋神社です。ここは5月の「お旅まつり」で神事を行う神社です。

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2社目、安宅 住吉神社です。天気がよく大変な人出です。住吉神社造営のいわれは昨年のブログで紹介してあります。

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2015年12月 3日 (木)

第88回ピースボートに感謝!

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 12月1日は「みんなのフェスティバルの日」でした。
船に乗ってカルチャスクールや自主企画を行った結果発表会の日である。「展示の部」と「発表の部」がある。「発表の部」では全部で41のグループが午後2時から24時まで休憩を挟みながら発表した。
 私はサルサダンスの発表に参加した。サルサダンスは、途中で練習を休んだ日もあって余り自信がなかった。本番はまあまあだったと思ったのだが、発表を終えたあとパートナーのAさんより「怖い顔をしていたよ。こちょばしてやろうかと思った」と言われた。自分では気がつかなかったが緊張していたのだろう。

 私がこの船に乗ってからカルチャスクールで習得したことを振り返って見ると「ノルディックウォーク」「社交ダンス」「サルサダンス」「ZUMBA」「タヒチアンダンス」である。
 特に社交ダンスにはかなりの時間をかけた。習った結果を活かすには、これからもダンスを続けなければならない。社交ダンスについてはM先生を囲んだ「社交ダンスの会」が結成され、船を降りてからも定期的にダンスパーティーを兼ねた懇親会が開催されることになっている。やはり、帰ったからも近くの公民館等で開催される社交ダンスの会に参加し腕を磨き続けなければ忘れてしまうだろう。

 12月1日の夜は2時間ほど、一人で波平の野外カウンターで月をながめながらリザーブしてあった黒霧島を空けた(とは言っても少ししか残っていなかったのだが)。
一人で飲んでいると色んなことが頭に浮かんでくる。
この船に乗って何を得たのだろうか?
この船には自分と同年代の人が沢山乗っている。いやでも同年代の人と比較してしまう。
この船に乗ってこれまで自分が意識していなかった3つのことに気づいた。

 1つは、自分の英会話が意外と、どこの寄港地でも通用したということである。これからは、世界中のどこへでも一人で出かけることができるという自信がついた。
 2つ目は、ダンスのことである。手前味噌になるが、自分は同年代の人よりステップの習得スピードが早いようだ。ZUMBAのようなテンポが早く持続性があるダンスにもついていける。
 3つ目は、これまで自分は控えめな性格だと思っていたが、以外と新しがり屋で出たがり屋であるようだ。ある人に指摘されて潜在的にはそんな所があったのだと気がついた。

 この船に乗ってピースボートのスタッフやパッセンジャー、沢山の人と知り合えた。
 特に懇意にしていだいた、同室のKさん、Oさん。共にウォーキングが趣味の箕面のSさんご夫妻。船に乗って最初にディナーで会って以来何かと話し相手になっていただいたTさん。Tさんのお陰で60歳~66歳までが中心メンバーの10人で結成されたぱちぱち会(88回ピースボートの10人の会)のメンバーになった。60歳~66歳までが中心なのに、ただ一人私だけが73歳。これからも年1回程度、持ち回りで集まって会うことになるだろう。ありがたいと思っている。

 そして次のことが、私が得た最大の結論である。
 私はドバイ、サントリーニ島、ピレウス(ギリシャ)、ドブロウニク(クロアチア)、ボラボラ島と自分一人で気ままに歩いてきた。自分一人で歩くというのは好きな所に行けるので楽しいようで反面寂しいものである。そんな時、現地の人が優しく声をかけてくれたことがどんなに嬉しかったか。日本に個人で観光に来ている外国人も同じ思いをしているのではないでしょうか。

 これからの日本では少子高齢化、人口減少が更に続き、国内での物づくりはアジア各国に価格的に太刀打ちできない。第88回ピースボートの寄港でも、シンガポール、インド、ドバイ、ドーハ、トルコの各開発途上国への周辺地域からの人口流入と経済発展が続いていることを見てきた。一方、サントリーニ島、ヴェネチア、ドブロブニク、ギリシャ、コトル、パレルモといった地中海周辺の地域は過去の遺産による観光だけで生きている。
 日本の地方は、地中海地域のような有名な遺産がないので、もっとひどい状態になりつつある。大都市圏は別として、日本の地方は、結果的に観光を中心とし農業を中核としたものづくりやサービスで生きていかざるを得ない時代となるだろう。
できれば、これからの日本、特に地方の持続に役立ちたい。
この船にのる前は、船を降りればもう英語を使う機会はないだろう。これから勉強しても仕方がないと思っていた。でも、この考えは間違っていたことに気づいた。
 これから英語を勉強し直して、できればTOIEC 700点台まで上達したい。そして、日本を訪れる外国の観光客に対して日本の地方のありふれた生活、日本にしかない地元の良さを紹介するボランティアをやりたい。
これが、私のこれからの目標です。

 73歳という高齢域に到達する直前の年齢ではあるが、これからも夢を持って生きて行きたい。このことがこの船に乗って得た最大の収穫です。

この船で出会って、お付き合いいただいた全ての皆様に感謝します!
どうもありがとうございました。

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2015年11月28日 (土)

社交ダンス最終発表会

 11月24日、最後の寄港地アピアを終了し、横浜に向かって出港した。
その後、何かと気ぜわしい。

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 11月28日は、社交ダンスの講習終了の最終発表会が予定されている。それまでの間、日に1~2回のタンゴのレッスンと、ブルース、ワルツ、ルンバの復習がある。
 私はKさん(80歳)、Oさん(76歳)と同室であるが、3人とも社交ダンスのスクールに入っている。Kさんは、弓道5段、元大手企業の本部労組委員長で見識が高く頭の回転は早いが足がうまく回らない。Oさんは元我国最大の自動車会社の技術者で折り目正しい。囲碁も3段でクルーズの第1回の囲碁大会でも優勝しているが、これまで社交ダンスとは全く縁がなかった。見ていると二人ともダンスのレッスンについていけない様子である。
 そこで、二人からの要請もあり、時々Tさん(女性)にも手伝ってもらって、私が先生となって毎朝6時~7時まで個人レッスンをすることになった。
7階の廊下の広場でレッスンをしていると、通りすがりのダンス好きの男性・女性が飛び入り入ってきて5~6人の練習になる。そんなことで、このレッスンを3週間程続けている。
 11月26日は、自主企画で社交ダンス教室受講者の懇親を兼ねたガンスパーティがあり、Kさんが男性最高齢者ということで受講生を代表して先生に対してお礼の言葉を述べた。11月28日は、講習終了の最終発表会があり、Kさん、Oさんとも立派に踊ることができた。私も嬉しい。

 船は南半球から北半球へと移動するが11月27日は、赤道を通過した。その日は30分毎に交代で歩くノルディックウォークのタスキリレーと、餅つき大会があった。
ノルディックウォークのタスキリレーでは、私は6時~6時30分と船が赤道を通過する14時30分~15時まで2回タスキをつないだ。

 11月27日の夜のディーナーでは、まんなか発表会でパートナーして踊ったTNさん親子より誕生会の招待があり、楽しく過ごすことが出来ました。
どうもありがとうございました。

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2015年11月25日 (水)

アピア(サモア)

 11月24日のアピアが第88回ピースボート地球一周の旅最後の寄港地となる。
アピアは、サモア独立国の首都で人口は37,000人である。観光と魚業や林業(魚やコプラの輸出)を主な産業としている。
 サモアに人が住みついたのは今から2500年前、我々と同じモンゴロイドがフィリピンやインドネシアを経由して、この島に入った。その後1200年頃にはトンガ人のトンガ王国の支配下にあった。18世紀以降はアメリカ、ドイツ、ニュージランドの支配を経て1962年に独立した。

 11月24日午前中は、オプショナルツアーのアピアショート観光コースに参加した。観光と言っても、この国には特別に見るべきものが少ない。

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 最初に行ったのは「ロバート・ルイス・スチィブンソン博物館」、ロバート・ルイス・スチィブンソンはアメリカ人であるが約100年前、この国にアメリカ風の邸宅を建てて住み、そこで有名な「ジキル博士とハイド氏」「宝島」「誘拐されて」の3つの小説を書いた。住んでいた期間は10年位であるか、その邸宅と遺品がそのまま残っている。
ツアーでは、彼とその家族が住んだ居所、書斎、寝室、ロビーなどを見て回った。

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 次に行ったのは「ティピアの滝」、山の中にあるサモア最大(落差100m)の滝である。

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 その次は、車窓から市街を見物し「土地称号裁判所」に行った。サモアでは国としての法律はあるが、島ごとに部族単位で自治が行われている。この裁判所は、部族間の紛争を解決するための裁判所である、とのことであった。

 その後は、マーケットに行ったが、主に女性や子供の民族衣装や装飾品を売っている。一周りすると、パンを油で揚げて売っている店が何軒も並んでいる所に出た。そのパンを地元の人が美味しそうに食べている。買わないかというので1つ買ってみた。1つ1.5ドル、中に何が入っているか分からない。食べて見ると煮込んだ肉が出てきた。少し匂いがするので何の肉か尋ねるとラム(こひつじ)の肉だとのこと。ラムの肉を食べたのは初めてだ。少し匂いがするが美味しい。

 マーケットで同じツアーバスに乗っていたTさんとYさん夫妻の4人でバスを降りて離団し、市内でランチを共にすることになった。
案内パンフレットを見て、歩いて20分位ある「ザ・コーヒー・ビーン・カフェ」に行った。テーブルについてビールと頼むとこの店ではアルコール類は販売しないと言う。
仕方がないので店を出てタクシーを拾って山手の「ロコス・レストラン」に行った。

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 「ロコス・レストラン」は山の入り組んだ所にあり静かで周りの山が庭園のようになっている。静かだ。鳥のさえずりも聞こえる。一人ひとりがシーフードやロブスター、ビーフなどを注文し、お互いに分けあいながら食べた。山の景色を眺めながらゆったりした気分でランチを摂ることができた。料金は飲み物も含めて一人15ドル位だったと思う。

 ランチの後は、一先ず船に帰って一休みした。

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2015年11月21日 (土)

ボラボラ島(タヒチ)

 ボラボラ島は、タヒチ島から約260km離れた所にある島で、ポリネシアの中でも最も美しいと言われている。1周約35kmの本島と、その周囲を約40kmの岩礁が囲んでいる。
島の中央に急峻な台形の形をしたオテマ山(727m)がそびえ、島の景観を一層際立たせている。島の人口は約4500人です。

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11月19日は、私一人で自由行動、自転車を借りて島内を一周した。

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 クルーズは、午前7時にボラボラ島沖に到着、そこからテンダーボートで本島のバイタベに渡る。
 8時半にバイタベのレンタル店に行くと、ピースボートの若い人達が既に行列を作っている。レンタル自転車は全部で8台しかないようだ。自分まで回ってくるかヒヤヒヤしていたが、最後の1台をゲット出来た。もう少し遅れると借りられないところだった。レンタル料金は20ドルでした。

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 バイタベから左回りで島内を一周する。左にオテマ山、右にサンゴ礁の海を見ながらマティラ岬に向かう。この間、ピースボートのパッセンジャーを載せたタクシーやジープが次々と追い越していく。

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 マティラ岬に着いたのは9時30分。マティラ岬は、白い砂浜に遠朝の透き通った海が広がっている。遠くには青い海と岩礁が見える。ここでスノーケリングを楽しみに来ている人が多く、多くのピースボートの知り合いに出会った。
私は、スノーケリングの準備をしてこなかったが、ここで泳ごうと思って水着に着替え、海に入った。波打ち際には、沢山の白い貝殻が転がっていたが、魚の姿は見かけなかった。
海で泳いだのはもう50年も前のことかも知れない。ゆっくり泳いでいるうちに何とか泳ぎの感を取り戻した。しかし、一人で着ているので沖へ流されても誰も見ている人はいないので念のため海岸近くで遊んでいた。
 

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